「かみいぐさ」の文字を染め抜いた藍木綿の幟(のぼり)が、上井草商店街に並んでいるのにお気づきでしょうか?

この幟は、かつて上井草を含む一帯が藍の産地だったことにちなむものです。明治から大正期にかけて、地域では藍の栽培と藍玉の製造が盛んでした。最盛期の藍農家は30戸余りに及び、「井草藍」の出来高が東京の藍相場を左右するほどだったといわれます。

やがて化学染料に押されて藍農家は休廃業に追い込まれました。しかし、第一次大戦が勃発してその輸入が途絶えると、藍生産はまた復活しました。「藍成金」も生まれたといいます。とはいえ、その後国内でも化学染料が生産されるようになり、「井草藍」の伝統は完全に途絶えることになりました。

藍染めは木綿、絹、麻などの布に耐久性を与え、害虫を寄せ付けないので、仕事着や普段着に適しています。使うほどに増す風合いもその魅力です。

明治初期に来日した英国人科学者アトキンソンは、日本人の多くが藍木綿の着物を身につけているのを見て「ジャパン・ブルー」と呼んで讃えました。またラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が「神秘なブルーに満ちた国」を絶賛したことも有名です。『怪談』の「雪女」は青梅が舞台とのこと。晩年、新宿区に住んだハーンに藍の名産地・上井草の名は届いていたでしょうか?

『杉並風土記』森 泰樹著(杉並郷土史会)

『杉並区農業のあゆみ』(杉並教育委員会)

「杉並の自然学」http://sas2005.eco.coocan.jp/33_ai/ai.html

(2013/09/03更新)